絶 望

 

 


どうしようもない絶望感に襲われたとき、
人生は大きなシフトチェンジをし始める。
 
 
絶望とは望みが絶たれてしまうこと。
 
自我は自らが引き寄せていることに気付かず、
そのネガティブな思いから逃れようとして、
ますます泥沼にはまり込んでいく。
 
自我はこの事態をなんとかしよう、
なんとかしようとして外側のことに意識を向け、
外側のことを思い通りにすることで、
事態の解決を図ろうとする。
 
 
その事態を引き寄せたのも自我なら、
その事態を苦痛に感じることだ判断しているのも自我。
 
心をかき乱す苦痛のエネルギーは、
自分の外側にあるわけではない。
 
その事態を苦痛と判断した瞬間から、
自ら苦痛のエネルギーを心の中に充満させている。
 
最初は反射的な反応で貯めておいたエネルギーを放出。
 
その後、放出したエネルギーをもとに、
思考の連鎖を誘発させて、
新たに苦痛のエネルギーを生産していく。
 
自分が出しているエネルギーなのだから、
自分と同等のパワーを持っている。
 
そのエネルギーにいくら太刀打ちしようとしても、
そのエネルギーを自分が出していることに気づいて、
思考の連鎖を止めなければ、
その苦痛から逃れることはできない。
 
そんな心の仕組みを知らないままに、
人は自ら生み出し続けている
苦痛のエネルギーとの消耗戦に、
人はいつも挑み続けている。
 
 
その心の仕組みを理解することさえできれば、
敵のエネルギー補給路は断たれ、
勝利することができるのだが・・・。
 
 
ただし、その心の仕組みを知らなくても、
もうひとつだけ勝利する方法がある。
 
それが『絶望』。
 
絶望は自我の活動の停止を意味する。
 
絶望とはそれまでなんとかしようとして、
思考の連鎖をし続けていたことの停止を意味する。
 
 
その苦しみを演出し続けているのは、
たくさんの自我の中のうちのほんの一部の自我。
 
その一部の自我がネガティブな活動できていたのは、
思考の連鎖でエネルギーの補給を受けていたから。
 
絶望と同時に思考の連鎖が止まることで、
その自我へのエネルギー補給は断たれ、
その自我の活動が瞬間的に停止する。
 
 
『絶望の淵から這い上がる』とは、
まさにそのこと。
 
絶望したからこそ、
苦しみの根源となっていた自我の活動が停止し、
大きなシフトチェンジが起きて、
再生の道が目の前に広がっただけのこと。
 
絶望を恐れたり悲しんだりする必要はない。
 
絶望こそが大きなシフトチェンジの始まり。
 
絶望こそが新しい人生の始まり。
 
 
 

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