人生はシナリオ通りと言うけれど

 

 

『人生はシナリオ通り』と『思いが具現化する』
 
スピリチュアルな世界ではよく使われる言葉だ。
 
しかし、これらの言葉はまったく相反するように見える。
 
シナリオ通りの人生ならば、
どんなに思いをコントロールできたとしても、
思いに関係なく人生は展開されていくのではないか?
 
そんな疑問がわいてくる。
 
そうすると逆に自分の思いを変えれば、
シナリオも書き換えられると言う人も出てくる。
 
引き寄せの法則というものがある。
 
願いがかなったときの心の状態をイメージして、
実際にワクワクしていれば、
その現実がやってくるというもの。
 
この考え方はまさに人生のシナリオは、
書き換えられるという証明をしているようなもの。
 
 
でも、私は『人生はシナリオ通り』だと信じている。
 
もし人生のシナリオを
自由に書き換えられるようなら、
初めからシナリオなんていらない。
 
ではどうやってこの二つの相反する考え方を
自分の中で融合させればいいのか?
 
私はこう考えている。
 
自分の願望がシナリオと一致していれば、
願望が実現したときの思いを、
事前に心の中に創り出すことができる。
 
逆に自分の願望がシナリオと一致していなければ、
いくら願望が実現した時の思いを創ろうとしても、
事前に心の中に創り出すことができない。
 
現に、『ザ・シークレット』をはじめ、
数々の引寄せ本が書店に溢れているにもかかわらず、
思い通りに人生を歩いている人が、
世に溢れかえっているようには見えてこない。
 
 
 
そんなふうに考えたら身も蓋もない。
 
生きていても面白くない。
 
そんなふうに思うかもしれない。
 
でも、引き寄せの法則がブームになると同時に、
いくら頑張っても引き寄せられないという悩みを
生み出してしまったことも事実だ。
 
『思い』と『シナリオ』、
この相反するものをどう捉えればいいのか?
 
その答えは、
『思い』は『シナリオ』を確認する道具と思うこと。
 
 
自分の人生のシナリオは、
事前に見て確認することはできない。
 
しかし、人生のシナリオがどう展開していくか、
唯一確認できる方法は、
常に自分の心の中の思いを観察することだ。
 
 
自分望む現実をイメージしてみたとき、
心の反応である思いがどうなのかを観察する。
 
不安や恐怖を強く感じるのであれば、
きっとシナリオと望む現実とは、
かけ離れているのだろう。
 
わけもなく自身に満ち溢れていたり、
幸福感に包まれるようであれば、
きっとシナリオ通りの現実を望んでいることになる。
 
 
たとえ『人生はシナリオ通り』と、
自分の心に受け入れることができても、
やっぱり夢や願望を抱きながら人生を歩いて行きたい。
 
そうでなければ面白くない。
 
ただ、いつも自分の心の中を観察することで、
絶対に見ることのできないはずのシナリオを
ちょっぴりカンニングしながら歩いて行くのも悪くない。
 
 

 

 

 

 

 

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