ポリタンク

 
それがオモチャだとわかっていても、
ピストルの銃口を顔に向けられると、
とても不快な気分に襲われてしまう。
 
 
『やめろ!』
 
と、声をあげて、
注意したくなることもあるかもしれない。
 
 
なぜそんなに不快な気分に襲われるのだろうか?
 
この質問をすると大抵の人は、
『怖いから』とか、
『危ないから』などと答えてくれる。
 
 
では、生まれて間もない赤ん坊に銃口を向けたらどうだろう?
 
きっと顔の表情ひとつ変えることなく、
まったく平気な顔をしていると思う。
 
 
この違いは何なんだろう?
 
 
それはピストルが人を殺傷するものだと
認識しているか否かの違いだ。
 
大の大人がオモチャの銃口を
向けられただけで不快感を感じるのは、
テレビドラマや映画などで、
ピストルによって人が殺傷されるシーンを見た経験があるために、
ピストルは大変危険なもの、
恐ろしいものだという認識を無意識のうち持たされているから。
 
その認識がなければ、
いくら大人だったとしても、
銃口を顔に向けられたところで、
不快感を感じることは無いだろう。

 
銃口が自分の顔に向けられた瞬間、
そう!!その瞬間に、
ピストルに関する記憶データとの照合が行われ、
ほぼ同時に不快感を心の中に噴出させている。
 
そうすることで危険から自分を守ろうとしているのだ。
 
たとえそれがオモチャだとわかっていても・・・。
 
 
その防御システムは、
無意識のうちに自動的に作動してしまうものなのだ。
 
 
銃口が向けられたということは、
不快感を発生させるきっかけでしかない。
 
不快感そのものは自分自身の認識によって、
心が自動的に発生させている。
 
 
不快感のようなネガティブな感情を発生させるもの
(ネガティブ感情発生装置)には、
様々な認識の他に、価値観、観念、
ネガティブな体験の記憶などがる。
 
しかし、心に苦しみを抱えている人の意識は、
ネガティブ感情発生装置に向けられるのではなく、
その発生装置を作動させた目の前の事象に向けられてしまう。

 
ガソリンが目一杯入ったポリタンクを抱えたままで、
タバコを吸う人や、
静電気を発生させるようなものを警戒するようなものだ。
 
それではいつまでたっても心の平安は訪れてはくれない。
 
それどころか自分の心の波動が同じような波動の
人や事象を引き寄せてくるのだから、
ますます心の平安は遠ざかっていくことになる。
 
 
一次的な心の平安を得ることは可能だ。
 
目の前の人や事象を排除したり、
逃げたりすればいいだけのこと。
 
しかし、ガソリンが目一杯入ったポリタンクを抱えたままでは、
すぐに心の平安は崩れ去ってしまう。

 
本当の心の平安を願うのであれば、
まずガソリンが目一杯入ったポリタンクを手放さなくてはならない。
 
あなたが深い苦しい悩みから本当に解き放たれたいのなら、
あなたのやるべきことはこれしかないのかもしれない。
 
心の中にたくさん抱えてしまっているネガティブ感情装置を
ひとつずつ、ひとつずつ手放していくこと。
 
どうかそちらに意識を向けてほしい。

 

 

 

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