今日だけで精一杯ですわぁ

 
しずさんが、私が開業している『みやな気功院』に
通院してくださるようになって1年半が過ぎた。
 
しずさんは、もうすぐ90歳になろうとしている。
今でも現役の主婦だ。
 
しずさんが生まれたのは日本海に近い小さな農村。
 
しずさんが10歳の時、家が火事になり、
親戚を頼ってしずさんは一家で大阪に出てきた。
 
大阪に来て人の多さ、建物の多さ、
道の広さにびっくりした。
 
しかし、最も驚いたことは、
これから住む家のあまりに小さいことだった。
 
しずさんの家だけが小さかったわけではない。
越してきたのは長屋。
その付近一帯がみんなそんな大きさの家ばかり。
 
でも、その家に越してきたとき、しずさんは、
『牛小屋よりも小さい』と、
驚いただけでなく、おかしくておかしくて、
しばらく笑いが止まらなかった。
 
大阪に出てきてすぐに、
しずさんは子守奉公に出された。
 
毎朝、朝食前に家を出て、奉公先で食事をして、
すぐに赤ちゃんを背負い子守をした。
 
オシメの洗濯もしずさんの仕事だった。
真冬に川でオシメを洗うことは、
大人でも耐え難いものだった。
 
真冬の洗濯が終わると、
少ないお小遣いを握りしめ、
焼き芋を買いにお店に走った。
 
なにも焼き芋を食べたかったわけではない。
凍えきった手を気兼ねなく温めるには、
焼き芋を手で包みこむのが一番だった。
 
12歳になったしずさんは、
ほとんど通えなかった小学校の卒業証書を手にした。
 
その後は、22歳で結婚するまで、
お店で住み込んで働いたり、
工場で働いたり、病院で働いたりしていた。
 
そして賃金はすべて親に渡していた。
 
結婚後もしずさんの働く人生は続いた。
 
電車の中の清掃業務や
ガソリンスタンドの従業員も長く務めた。
 
60代でご主人を亡くした後、
2人の息子に世話になることもなく、
70歳の半ば過ぎまで働き続けた。
 
そして仕事をようやくやめて、
のんびりと余生を楽しもうとしたときに、
長男の嫁が突然に姿を消した。
 
長男と、残された3人の孫(すべて男の子)の為に、
今度は専業主婦としての仕事が再開された。
 
それから約20年。
90歳を前にした今でも毎朝、洗濯機を2度回わし、
午後には、食材を買いに買い物に出かけ、
夜勤などでバラバラに帰ってくる息子や孫たちの為に、
毎朝夕の食事づくりをしている。
 
 
しずさんは両膝と両肩、そして腰を痛めている。
来院されるたびに痛む場所がローテーションしている。
 
膝の痛みがとれたら、次に来たときは肩が痛む。
肩の痛みが取れたら、次に来たときは腰が痛む。
 
「ほんま順繰りですわー」
 
と、言って陽気に笑っている。
 
その年齢になって、
毎日の炊事洗濯は大変過ぎないかと訊くと、
 
「それがあるから元気なんかもしれませんわ」
 
と、言ってまた陽気に笑う。
 
 
しずさんの人生は、働きづめの人生だ。
それも自分の為ではなく家族の為に。
働いて、働いて、働いて、
90歳を迎えようとしている今なお、
働き続けている人生だ。
 
子供の頃から夢を追いかけることなく、
目の前にある今日を精一杯生きてきた人生。
 
そう精一杯生きてきたからだと思う、
しずさんの言葉はいつも明るく、
笑う時もお腹をよじらせながら、
思いっきり大声で笑う。
 
 
きのうしずさんが来院してくれて、
私の施術を受けてくれている最中に、
 
「この前ね、先生、用事があって出かけて、
 帰りが夕方になってしもてね。
 そしたら帰ったら洗濯もんを孫がね、
 とり込んでちゃんとたたんでくれてましてん」
 
「それでね、その孫に、あんた仕事大変やのに
 すまんかったなぁ。って言うたら、
 エエねんエエねん、いつもおばあちゃん
 ようしてくれてるから、これぐらい。
 そう言うてくれましてん」
 
と、ほんとうにうれしそうに、
ほんとうにしあわせそうに話してくれた。