一本の間違い電話

二十数年前の話。
A子さん(32歳)の家に
一本の間違い電話がかかってきた。
 
小学校低学年と思える男の子だった。
 
男の子
「おとうさん!今日お弁当がいるんだったんだよ」
 
A子さん
『ぼく、電話番号間違っているわよ』
 
「えっ!?」
「・・・・・・・・」
「もう、10円玉ないもん・・・」
 
男の子は受話器の向こうで泣きだして、
それ以上、何も言えず受話器を握りしめている様子だった。
 
A子さんはいたたまれなくなってしまった。
 
『ぼく、お名前は?』
『なんていう小学校?』
『何年何組?』
 
と、ゆっくりとやさしく質問をした。
男の子は泣きじゃくりながらも何とか答えてくれた。
 
A子さんはその日、たまたま会社が休みだった。
泣きじゃくる男の子がかわいそうになったA子さんは、
すぐにお弁当を作って男の子の居る学校へ向かった。
 
学校に着くと職員室へ行き、
男の子が間違い電話をかけてきたことを伝え、
持ってきたお弁当を担任の先生に手渡した。
 
昼食の時間、男の子は大好きなタコさんウインナーを
とっても美味しそうにニコニコしながら食べていた。
 
 
その日の夕方、男の子とお父さんが、
A子さんの家を訪ねてきた。
担任の先生が、お弁当のことを父親に知らせたのだ。
 
男の子の家は父子家庭だった。
男の子が3歳のときに母親が病気で亡くなったという。
 
その日を境に、A子さんと男の子、
そして、そのお父さんと3人で、
ときどき食事に出かけるようになった。
 
1年が過ぎたころ、お父さんは、
 
「この子の母親になってもらえませんか?」
 
と、汗だくになりながらA子さんに告白した。
 
 
今年、その男の子は結婚式を挙げた。
新郎の母親の席にはA子さんが座っていた。
息子の立派な姿に涙を何度も拭っていた。
 
(あるラジオ番組の投書より)
 
 
 
『縁』、なんて不思議なんだろう!?
すべての出会いは『縁』あればこそなんだと思う。
 
でも、その人との『縁』の濃淡は、
過ぎ去って振り返らなければわからない。
 
自分の思いの強い弱いにかかわらず、
人生は『縁』という目に見えないパワーに
引き込まれてしまう。
 
逃れたくても逃れられない『縁』。
追いかけても追いかけられない『縁』。
 
結局は人生、自分の意志とは関係ないところで、
生かされているだけなのかもしれない。