その思い出だけで

 
コスミさんは今年90歳になった。
『みやな気功院』に来てくれるようになって
1年が過ぎようとしている。
 
腰はほぼ90゜に曲がり、
肩、首、ひじ、背中、腰、股関節、
大腿部、ひざ、足首に痛みを感じられていて、
その手当てをさせてもらっている。
 
 
コスミさんは18歳のころに農家に嫁ぎ、
生まれて初めて農業に携わるようになった。
 
以来、40年以上もの間、
過酷な農作業を続けてこられた。
 
当時の嫁ぎ先の農家では姑の権力は絶対的で、
姑の言葉に対して何一つ逆らうことはできなかった。
 
農家に嫁いだことで、生まれて初めてする農作業。
中でも腰をかがめたまま続ける田植えは、
コスミさんにとって拷問よりもキツイ作業だった。
 
いつもコスミさんの横では、
姑が涼しげな顔で田植えの作業を続けていた。
 
まだ慣れないコスミさんは、
腰が痛くて痛くてたまらなかった。
 
たまらず作業を中断してしまったその時、
姑の顔は鬼の形相と化し、
 
『この怠けものがっ!!』
 
と、容赦ない罵声が飛んで来た。
 
それからというもの、いくら腰が辛くなっても、
『少し休ませて下さい』とは、
口が裂けても言えなくなってしまった。
 
もともと身体が丈夫ではなかったコスミさんは、
20歳になる前から、厳しい腰痛と戦う人生を
スタートさせることになった。
 
 
姑の厳しさは、田んぼや畑の中だけではなかった。
家の中でも精神的にも肉体的にも、
さらに厳しい環境が待っていた。
 
毎朝、姑が起きる前の3時には朝食の用意をし、
夜明けとともに畑や田んぼでの作業が始まる。
 
夜は9時ころに晩御飯の後片付けを終えた後、
姑の肩叩きが日課になっていた。
 
 
『私と息子(コスミさんの夫)とは血が繋がっている。
 しかし、お前(コスミさん)と息子とは他人だ』
 
が、姑の口癖で、
事あるごとにその言葉を投げつけられた。
 
ある時、家の中で、たった数分間、
夫と雑談をしたことがあった。
 
それを見た姑から、
 
『何を家の中でイチャイチャしてるんだぁ!!』
 
と、罵声とともにモノが飛んできたこともあった。
 
 
一人目の赤ちゃんが産まれてから、
姑のイジメはますます酷くなった。
 
ついに我慢しきれなくなったコスミさんは、
生まれて数カ月の我が子を背負い、
姑が外出している隙に家を飛び出してしまった。
 
手にした荷物は赤ちゃんのオシメ数枚だけだった。
 
家を飛び出したのは夕方。
目指したのは40km程離れた実家だった。
 
程なくして、あたりは暗くなり、
そしてすぐに目の前の道すらほとんど見えなくなった。
 
しばらくして、
ある農家の前を通り過ぎようとしたとき、
その家からお爺さんが出て来た。
 
真っ暗の道を赤ちゃんを背負って歩くコスミさんに
おじいさんはすぐに気づいた。
 
『おいっ!待て!こんな時間にどこへ行くんじゃ?』
 
と、おじいさんが話しかけてきた。
 
コスミさんは自分の実家のある村の名前を告げた。
 
おじいさんは、とても驚いた。
 
『お前の足じゃ朝になっても着かんぞ!』
 
そう言っておじいさんは、しばらく思案した後、
 
『ちょっとそこで待ちなさい!』
 
と、言って家の中に入って行った。
 
 
数分しておじいさんが出てきた。
手には灯がついた提灯が二つあった。
 
その一つをコスミさんに渡して、
 
『この提灯を持ってワシについて来なさい』
 
と言っておじいさんが歩き始めた。
 
 
おじいさんが歩き始めたのは道なき道だった。
 
その頃より、さらに昔、
猟師が使っていたという山道だった。
 
おじいさんは顔にかぶさってくる枝を
鉈(なた)で払いながら前に進んだ。
 
足元はこれまでの道よりもはるかに悪く感じたが、
コスミさんは夢中でおじいさんの後を追った。
 
どれほどの時間を歩いたのかわからなかったが、
山道の頂上付近と思われるところで
おじいさんの足が止まった。
 
この間、おじいさんはコスミさんから
一度もわけを聞こうとはしなかった。
 
『いいか、ここからはこの細い道を下って行くだけじゃ。
 ここを下りきってしまえばお前の村はもうすぐじゃ。
 ワシがついて来てやれるのはここまでじゃ。
 ワシは引き返さなならん。
 あとはお前一人で頑張って歩いて行け!』
 
そう言って、おじいさんはコスミさんに
先を急ぐよう促した。
 
コスミさんは感謝の気持ちでいっぱいだった。
何度も何度もお礼を言って、その道を下って行った。
 
相当時間が経過して、
道が緩やかな傾斜になり始めたころ、
ふとコスミさんは後ろを振り返った。
 
コスミさんは、涙が止まらなくなった。
 
山の上の方に、まだ提灯の明かりが見えていたのだ。
  
コスミさんが実家に着いた後のことは、
聞かせてもらっていない。
 
でも、この話を聞かせてもらっているとき、
70年近くも前の話なのに、
コスミさんの目から涙がいっぱい溢れていた。
 
辛いことがあった時は、
いつもあのおじいさんのことを思い出した
と言っていた。
 
あのおじいさんから受けた親切を思い出すだけで、
生きる勇気がわいてきたそうだ。
 
コスミさんは今でも嫁いだ先のその村で、

たくさんの孫たちに囲まれながら暮らしている。 
 

そして、今でも、村から少し離れたところに、

そのおじいさんが住んでいた家が残っている。
 
コスミさんは孫の運転する車で、

その家の前を通るたびに、
あの時のおじいさんの親切を思い出し、
涙が溢れてきて止まらなくなるのだという。
 
 
 

人は、消えてなくなりそうになっている自分の存在を
無条件に認めてくれるやさしさに出会えたら、

その思い出だけで、

強く生きていくことができるのかもしれない。