お母ちゃんが帰ってきた!!


「おかあちゃんが帰って来た!!」
 
これは、ゆうこさんが60年以上も
心の中にじっと抱きしめてきた言葉だ。
 
60年余り前、ゆうこさんは、
二度目の結婚となる男性の元へ嫁いだ。
 
結婚する寸前まで、
二人も子供のいる男性の元へ嫁ぐことを
ゆうこさんはためらっていた。
 
しかし、戦後間もない頃のことで、
大変世話になった人からの縁談を
断ることができなかった。
 
 
その男性の先妻さんは、
当時、不治の病とされた結核を患い
2年もの長い闘病生活の後に亡くなっていた。
 
先妻さんには、二人の娘さんがいた。
 
下の子が生まれて間もなく、
先妻さんは結核で入院したために、
下の子は母親の顔を知らずに、
先妻さんの実家で育った。
 
新しい母親が来るということで、
その子も父親の元へ帰って来ていた。
 
結婚が決まって、
初めてその男性の家を訪れた時のことだった。
 
 
ゆうこさんがその男性の家の玄関を入ったとたん、
奥から3歳になる次女が廊下を駆けてきて、
ゆうこさんにしがみつきながらこう言った。
 
「おかあちゃんが帰ってきた!!」
 
その時、ゆうこさんの心が決まった。
 
「この子の母親として生きていこう!」
  
大阪大空襲で死んでいてもおかしくなかった命。
この子のために生きて行こうと、
心の底からそう思ったのだという。
 
 
それから60年以上もの歳月が過ぎた。
 
嫁いだ当初はかなりの貧乏生活だったが、
ゆうこさんの才覚で何とかやりくりし、
二人の娘を立派に嫁がせることもできた。
 
ご主人は既に20年ほど前に亡くなっている。
 
ゆうこさんには実の子供はいない。
 
でも、実の親子以上に二人の娘さんとの間には、
固く固く絆が結ばれていた。
 
今年の夏、軽い熱中症で寝込んだゆうこさんを
二人の娘とたくさんの孫たちが看病をした。
 
 
いま、ゆうこさんは下の娘さん夫婦と暮らしている。
時折、激しく親子喧嘩をすることもあるという。
 
でも、そのたびに
 
「おかあちゃんが帰ってきた!!」
 
という言葉とともに、
その時の映像が心の中に広がってきて、
怒りがおさまってしまうのだという。
 
 
人は、たった一言でも、
自分を必要としてくれる真実の言葉さえあれば、
強く優しく生きていけるものなのかもしれない。