ありがとう… ちーちゃんはいつまでも宝物だよ

 
一昨日は、
姪の長女ちーちゃんの告別式だった。
 
ちいちゃんは、
重度の障害を持ってこの世に生まれてきた。
 
優しいお母さんやお父さんと、
言葉で会話することもなく、
ひとりで立ち上がることもなく、
ひとりで食事をすることもなく、
その短い生涯を終えた。
 
でも、ちーちゃんは、
お父さんやお母さんをはじめ、
周りの大人たちに沢山の学び、
なにより命の尊さを教えてくれた。
 
 
生前、姪夫婦がちーちゃんと接する際、
ちーちゃんに沢山の言葉をかけていた。
 
挨拶はもちろんのこと、褒めたりあやしたり、
ときに叱ることもあった。
 
歩けるようになるようにと、
リハビリにも積極的に通っていた。
 
姪夫婦はちーちゃんに対して、

溢れんばかりの愛情をそそいでいた。
 
その光景は、弟が生まれ、
妹が生まれてからも変わることはなかった。
 
ちーちゃんと姪夫婦、
その親子の姿は、
他の同じ障害を持つ子の親たちに
沢山の勇気と希望を与えていた。
 
ちーちゃんが亡くなって、
お通夜や葬儀に駆けつけてきたたくさんの人たち。
 
安らかに眠るちーちゃんの顔を撫でながら、
 
「ちーちゃん!ありがとう!!」
「ちーちゃん!ちーちゃん!!」
 
号泣しながらこう叫ぶ人を何人見ただろう。
 

こんなにも、
 
「ありがとう!」
 
という言葉が、

心にたくさん残る葬儀に、
私は、これまで出席したことはなかった。
 
 
 
『ありのままを受け入れることの大切さ』
 
 
簡単なように思えて、
とても、とても難しいこれらの言葉の意味。
 
決して無理して頑張ることなく、
なにげなく、ごく当たり前のように、
姪夫婦とちーちゃんは、
受け入れるとは、こういうことなんだよ

と、無言で教えてくれていたような気がした。
 
 
今私の手元にはご会葬御礼の挨拶状がある。
そこにはこう書かれてある。
 
 
 
『ありがとう・・・
  ちーちゃんはいつまでも宝物だよ』
 
 本日はご多用の中お集まりいただき、
 誠にありがとうございます。
 長女千沙は平成22年8月15日、
 夏空を吹き抜ける風に導かれ旅立ちました。
 満4歳、命の輝きに満ちた生涯でした。
 
 初めての子を腕に抱いた日から4年…
 あの時、感じた千沙の重みは、
 今もこの腕に残っています。
 歩くことができなかった千沙を
 大好きなお風呂に入れるたびに、
 私たちは千沙の命を感じ、
 成長を確かめることができました。
 そっと抱えて湯船に浸からせた時の
 ふわりとほころぶようだった笑顔…
 言葉はなくとも想いは伝わるのだと、
 私たちに教えてくれたのも千沙でした。
 
 時に悩み、迷っても、
 それ以上に大きな喜びをくれた ちいちゃん・・・
 私たちは千沙を授かって親になりました。
 たくさんの初めてと、数えきれない幸せを、
 いつまでも千沙との絆に、
 これからもずっと一緒に生きていきます。
 
 皆様のあたたかいお力添えに支えられ、
 千沙の生涯は短くも幸多きものとなりました。
 家族一同深く感謝申し上げます。
 本日のご会葬誠にありがとうございました。
 略儀ながら書状にて厚くお礼を申し上げます。